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by wMUGIw
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グッチ家の崩壊

イタリアは同族会社の多い国である。
フェラガモ、ヴェルサーチ、ベネトン、フィアット、オリベッティなども
家族経営で発展してきた。グッチもその一つである。
しかし、現在のグッチにはグッチ家の人間は一人もいない。

『グッチ家は数世紀にもわたって王室に馬具を納入していた馬具製造業者だった。
家系としてはメディチ家に関係する
正当な位階と土地とを所有し紋章を持つ貴族の末裔である』
とパンフレットに書かれているが、これはブランドイメージのためのフィクションである。

ガブリエロ・グッチは小さな麦わら工場を営んでいたが、多額の借金を抱え倒産した。
ガブリエロの三男グッチオは1898年17歳の時に裸一貫でイギリスへ渡った。
ロンドンのホテルの皿洗いから始めて職を転々とし元手を貯めた。
そしてついに1922年、フィレンツェのパリオーネ通りに店を開いた。
これが初代グッチオ・グッチである。

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グッチオには6人の子供がいた。
長男ウーゴはギャンブルと酒に溺れ放蕩生活を送っていた。
長女グリマルダ。
二男エンツォは9歳で病死。
三男のアルドは早くから父とともに家業に励んだ。
四男のバスコは狩猟に明け暮れる田園生活を送っていた。
五男のルドフォは俳優になったが、無一文となり実家に舞い戻ってきた。


三男アルド
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五男ルドフォ
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グッチオが二代目に選んだのは三男のアルドだった。
しかし、グッチオはアルドとルドフォに会社の株を50%ずつ与えたのだ。
自分勝手な生き方をしてきたルドフォが、
父の寛大な処置で何事もなかったかのように家業に復帰してくるのは、
アルドにとって納得がいかないことだった。

さらにグッチオは遺産も等分にこの二人に遺している。
「会社のことをすべてやったのはアルドですよ。
それなのに父はルドフォにアルドと等分の分け前を与えた。
まったく理解できません」と姉グリマルダは言う。

アルドは会社を拡大しようと次々とアイディアを提案する。
保守的な父グッチオと息子アルドは経営方針をめぐってぶつかるようになった。

アルドは父親に無断でローマに店を出した。
グッチオは激怒したが、ローマ店は繁盛を極めた。
次にアルドはニューヨークの5番街に店を持つことを決めた。
グッチオはまた激怒したが、急死する。
ニューヨーク店も大成功をおさめ、さらに世界中に出店してゆく。
アルドの下でグッチ帝国は揺るぎないものとなった。

アルドの妻はイギリス人で、内気な性格でなかなかうちとけない。
一方、アルドは派手好きな陽気な性格。
二人はいつもケンカをしていた。
それも両方とも手を出す派手なケンカだ。
二人には3人の子供がいた。

長男ジョルジョは母親似。
二男パオロは父親似。
三男はロベルトはバランスのとれた性格だった。


長男ジョルジョ
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二男パオロ
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三男ロベルト
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歴史は繰り返す。
同じ性格の父アルドと二男パオロの対立は熾烈を極めた。
自分のブランド「PG」を立ち上げようとまでした。
そしてついにグッチから追放された。

パオロはニューヨークでグッチ家を相手に裁判を起こした。
全部で18件にも及んだ。
そして最後にパオロは父を脱税容疑で告訴した。
1年の禁固刑が言い渡された。
アルドは81歳でフロリダで獄中の人となった。

アルドは50%の持ち株のうち40%を残して、10%を3人の息子に3.3%ずつ分けていた。
同じく50%の持ち株を持っていたルドフォが亡くなり、一人息子のマウリチオが50%を相続した。
そしてマウリチオは共通の敵アルドを倒すため
グッチから追放されていたイトコのパオロと手を組む。

そこでアルドは自分の持ち株40%を残り二人の息子に分けた。
ジョルジョとロベルトはこれまでの持ち分と合わせて23.3%ずつ、二人合計で46.6%となる。
しかしマウリチオの50%とパオロの3.3%、合計53.3%には及ばない。

マウリチオはアルドを社長の座から引きずり下ろし自分が社長になった。
これに対し、アルドはマウリチオが株の取得にあたって父親のサインを偽造したと告訴した。
マウリチオは訴訟が解決するまでは社長職に就くことができなくなった。

残ったジョルジョ、パオロ、ロベルトの三兄弟は「会社がマウリチオに取られるぐらいなら」と
持ち株をアラブ資本に売却した。
マウリチオはグッチの会長に返り咲いたが、経営手腕がなかったため業績が悪化、
結局持ち分50%をアラブ資本に売却してグッチを去った。
こうしてグッチから一族の人間は一人もいなくなったのである。

これで終わりかと思われたグッチ一族に最後の事件が起きた。
マウリチオがミラノの自宅付近で射殺されたのだ。
2年後、犯人として逮捕されたのはマウリチオの妻パトリシアだった。


マウリチオとパトリシア
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「夫は本当に弱い性格でした。その背中を私が押してあげたんです。
もし私がいなかったら夫はグッチの社長にはなれなかったわ。
私はパーティーが好きだったけど夫は社交嫌い。
私が人付き合いをして人脈を作ってあげたのよ。
今グッチはよその人の物になってしまったけど、
私はなんとかグッチ一族の栄光を蘇らせたいと思っているの」
こうした野心が夫の殺害に繋がったのだと思われる。

こうして見ると、すべては初代グッチオのルドフォへの溺愛が
グッチ帝国の終わりを招いたとわかる。
ルドフォに50%もの株を持たせていなかったら、マウリチオによる失策も起こらなかった。
内紛はあったにせよ、グッチはグッチ家の持ち物のままであったろう。

ロベルトは「フィレンツェの家」というブランドを立ち上げた。
父の呼びかけに6人の子供たちのうち5人が協力した。
長女だけは一族の争いの最中に修道女となっていた。

「フィレンフェの家」はグッチという言葉を使えない。
ブランド「グッチ」の権利を侵すからである。
社長のロベルトの写真の下に、ロベルト・グッチと書くことも許されないのだ。
自分の名前であっても。
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by wMUGIw | 2015-01-01 00:00 | 現代
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