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カテゴリ:現代( 3 )

ダリの妻

『ポルト・リガトの聖母』 1950 ダリ
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サルバドール・ダリ 
1904-1989 85歳没
ガラ・エリュアール 
1894-1982 88歳没


この絵のモデルは妻ガラである。
ガラは悪妻と言われる。
詩人の妻だったガラはダリと恋に落ち、夫と子供を捨ててダリと結婚する。
しかし若いアーティストたちと奔放に恋愛を楽しみ、ダリを苦しめた。

また、アメリカならダリの絵が売れると確信して、
ダリとアメリカに渡り大々的なプロモーションをした。
ダリの奇抜なルックスやパフォーマンスもガラの演出だった。
周囲は非難したが、ダリのガラへの愛は揺るがなかった。

ダリはスペインの裕福な家庭に生まれた。
ダリが生まれる前に死んだ兄がいて、
両親は生まれた子に死んだ兄と同じサルバドールという名前をつけた。
すでに存在しない人間と同じ名前をつけられたことで、
ダリは生涯自分の命を実感できずに苦しむことになる。
兄の部屋に連れて行かれるのが何よりも恐ろしかったと語っている。

「ガラは私を現実から守ってくれる殻である」とダリは言った。
「ガラの存在なしでは私はダリになりえなかった。
彼女は私の母であり、私の酸素であった」
ダリにとってガラはついに聖なる存在にまで昇りつめたのだ。

ガラが亡くなるとと激しく落胆し、プボル城に引きこもった。
生涯、絵を描くこともなくなってしまった。

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by wMUGIw | 2015-01-09 00:00 | 現代

ピカソの女たち

◆パプロ・ピカソ 
1881-1973 92歳没

ピカソははっきりとわかっているだけで9人の女性と深い関係を持った。
4人の子供が生まれ、2人の女と1人の孫が自殺し、2人の女が狂った。




★ジェルメーヌ・ガルガーリョ

スペインからパリへ行くことを渇望していたピカソに裕福な親友が彼の分も出してくれた。
親友はスペイン系フランス人の絵のモデル・ジェルメールに恋をする。
しかし失恋した親友はピストルでジェルメールを撃ち、自分もその場で自殺した。
ジェルメールは一命をとりとめ、ピカソは彼女と恋愛関係になる。

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★フェルナンド・オリヴィエ/フェルナンド・ベルヴァレー 青の時代からバラ色の時代へ
1881-1966 85歳没

ユダヤ系フランス人で、妊娠して恋人と結婚したものの、
子供が生まれると相手は失踪してしまった。
彫刻家と再婚するが破局した。
ある日、フェルナンドがアパートに入ろうとすると、
同じアパートのピカソが子猫を抱いて立ちふさがり、子猫をひょいと渡し部屋へ誘った。
彼女はピカソにフランス語を教え、家計を支え、モデルにもなった。
彼女をモデルに『アヴィニョンの娘たち』を発表、絵が売れるようになったころ破局。

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左から フェルナンド ピカソ 建築家ラモン・レヴェントス
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★マルセル・アンベール/エヴァ・グエ
1885-1915 30歳没

もともとエヴァはピカソの友人で彫刻家のマルクーシと同棲していた。
エヴァとの関係を知ったフェルナンドは怒って若い画家と当てつけの駆け落ちをする。
ところがピカソもマルセルを連れて駆け落ちしてしまう。
芝居好きのエヴァのおかげで、ピカソは舞台芸術の仕事も手掛けるようになる。
しかしエヴァは結核で死亡する。

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★ギャビー・レスピナス

年上の人妻。
レスピナス夫妻の死後、遺品整理をしていた遺族によってピカソとの関係が発見される。
女なしでは生きていけないピカソは、マルセルの入院中からギャビーと関係していた。

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★オルガ・コルオーヴァ 新古典主義の時代へ
1891-1955 64歳没

イタリア旅行で知り合ったバレリーナ。
バレリーナとしては平凡でだったが、父親はロシア帝政時代の将軍であった。
ピカソがこれまで出会ったパリの街の女たちとは違っていた。
ピカソはオルガと初めての結婚をする。

「これからは、私の顔がはっきりとわかる絵を描いてほしい」と彼女はピカソに注文した。
オルガの理想はきちんとしたブルジョワ生活を送り、社交界に出入りすることだった。
男児パウロも生まれたが、ピカソは次第に結婚生活に息苦しくなってくる。

ピカソに捨てられた後、精神病となり死ぬまで離婚に応じなかった。
また、孫がピカソの死後自殺している。

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★マリー・テレーズ・ワルテル
1909-1977 68歳没

ある日ピカソはデパートの前を歩いていた17歳のマリー・テレーズの腕をつかんだ。
そして彼女に「君の絵を描きたい。私はピカソだ」と言った。
彼女はスポーツ好きで芸術にはまったく興味がなかった。
欲のない彼女とはのびのびとした生活が楽しめた。
マリー・テレーズが妊娠したため、オルガに離婚を申し入れたが彼女は承知しなかった。
その後オルガは死ぬまで離婚に応じなかった。
マリー・テレーズは女児マイアを生むが、母となった肉体にピカソは創作意欲を失った。
ピカソの死後首つり自殺した。

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★ドラ・マール
1907-1997 90歳没

ピカソは写真家・画家のドラ・マールと出会う。
その才気あふれる激しい内面はピカソを刺激した。
ピカソの芸術的側面に関心を持たないマリー・テレーズと異なり、
ドラは芸術に関しても、社会や人生に関しても、
ピカソと対等に話ができる自立した女性であった。
しかし、オルガ、マリーとの四角関係の中で、ドラは精神的に不安定となっていく。
ピカソに捨てられた後は修道女となる。

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★フランソワーズ・ジロー アンティーブ時代へ
1921-現在

フランソワーズは画学生だった。
彼女はピカソと生活を共にしながらも自分を失わなかった。
フランソワーズはピカソが共に暮らした女性の中で最もバランスのとれた人物であった。
男児クロードと女児パロマの二人の子供が生まれる。
パロマは後にデザイナーとなったパロマ・ピカソである。

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ホホホ 生き残ったのは私だけ   傘をお持ちするピカソ
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★ジャクリーヌ・ロック
1926 -1986 60歳没

この時期ピカソは陶芸に熱中していた。
その工房で働いていたジャクリーヌ・ロックと関係を持つようになった。
ジャクリーヌは離婚して娘を抱え、陶房の手伝いをしていた。


フランソワーズは二人の子供を連れてピカソの家を出た。
そして別の男性と再婚した。
フランソワーズはピカソを捨てた唯一の女性と言われる。

やっと最初の妻オルガが亡くなった。
そこでピカソはフランソワーズに復讐をした。
当時フランソワーズは二人の子供の認知を求めていたので、
ピカソはフランソワーズに「今の夫と離婚すれば入籍する」と言った。
フランソワーズは夫と離婚したが、
ピカソはフランソワーズを裏切りジャクリーヌと再婚した。
後にフランソワーズはアメリカ人科学者と再々婚した。

ジャクリーヌはピカソが亡くなるまで最後の妻だった。
ピカソの死後ピストル自殺する。

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by wMUGIw | 2015-01-02 00:00 | 現代

グッチ家の崩壊

イタリアは同族会社の多い国である。
フェラガモ、ヴェルサーチ、ベネトン、フィアット、オリベッティなども
家族経営で発展してきた。グッチもその一つである。
しかし、現在のグッチにはグッチ家の人間は一人もいない。

『グッチ家は数世紀にもわたって王室に馬具を納入していた馬具製造業者だった。
家系としてはメディチ家に関係する
正当な位階と土地とを所有し紋章を持つ貴族の末裔である』
とパンフレットに書かれているが、これはブランドイメージのためのフィクションである。

ガブリエロ・グッチは小さな麦わら工場を営んでいたが、多額の借金を抱え倒産した。
ガブリエロの三男グッチオは1898年17歳の時に裸一貫でイギリスへ渡った。
ロンドンのホテルの皿洗いから始めて職を転々とし元手を貯めた。
そしてついに1922年、フィレンツェのパリオーネ通りに店を開いた。
これが初代グッチオ・グッチである。

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グッチオには6人の子供がいた。
長男ウーゴはギャンブルと酒に溺れ放蕩生活を送っていた。
長女グリマルダ。
二男エンツォは9歳で病死。
三男のアルドは早くから父とともに家業に励んだ。
四男のバスコは狩猟に明け暮れる田園生活を送っていた。
五男のルドフォは俳優になったが、無一文となり実家に舞い戻ってきた。


三男アルド
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五男ルドフォ
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グッチオが二代目に選んだのは三男のアルドだった。
しかし、グッチオはアルドとルドフォに会社の株を50%ずつ与えたのだ。
自分勝手な生き方をしてきたルドフォが、
父の寛大な処置で何事もなかったかのように家業に復帰してくるのは、
アルドにとって納得がいかないことだった。

さらにグッチオは遺産も等分にこの二人に遺している。
「会社のことをすべてやったのはアルドですよ。
それなのに父はルドフォにアルドと等分の分け前を与えた。
まったく理解できません」と姉グリマルダは言う。

アルドは会社を拡大しようと次々とアイディアを提案する。
保守的な父グッチオと息子アルドは経営方針をめぐってぶつかるようになった。

アルドは父親に無断でローマに店を出した。
グッチオは激怒したが、ローマ店は繁盛を極めた。
次にアルドはニューヨークの5番街に店を持つことを決めた。
グッチオはまた激怒したが、急死する。
ニューヨーク店も大成功をおさめ、さらに世界中に出店してゆく。
アルドの下でグッチ帝国は揺るぎないものとなった。

アルドの妻はイギリス人で、内気な性格でなかなかうちとけない。
一方、アルドは派手好きな陽気な性格。
二人はいつもケンカをしていた。
それも両方とも手を出す派手なケンカだ。
二人には3人の子供がいた。

長男ジョルジョは母親似。
二男パオロは父親似。
三男はロベルトはバランスのとれた性格だった。


長男ジョルジョ
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二男パオロ
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三男ロベルト
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歴史は繰り返す。
同じ性格の父アルドと二男パオロの対立は熾烈を極めた。
自分のブランド「PG」を立ち上げようとまでした。
そしてついにグッチから追放された。

パオロはニューヨークでグッチ家を相手に裁判を起こした。
全部で18件にも及んだ。
そして最後にパオロは父を脱税容疑で告訴した。
1年の禁固刑が言い渡された。
アルドは81歳でフロリダで獄中の人となった。

アルドは50%の持ち株のうち40%を残して、10%を3人の息子に3.3%ずつ分けていた。
同じく50%の持ち株を持っていたルドフォが亡くなり、一人息子のマウリチオが50%を相続した。
そしてマウリチオは共通の敵アルドを倒すため
グッチから追放されていたイトコのパオロと手を組む。

そこでアルドは自分の持ち株40%を残り二人の息子に分けた。
ジョルジョとロベルトはこれまでの持ち分と合わせて23.3%ずつ、二人合計で46.6%となる。
しかしマウリチオの50%とパオロの3.3%、合計53.3%には及ばない。

マウリチオはアルドを社長の座から引きずり下ろし自分が社長になった。
これに対し、アルドはマウリチオが株の取得にあたって父親のサインを偽造したと告訴した。
マウリチオは訴訟が解決するまでは社長職に就くことができなくなった。

残ったジョルジョ、パオロ、ロベルトの三兄弟は「会社がマウリチオに取られるぐらいなら」と
持ち株をアラブ資本に売却した。
マウリチオはグッチの会長に返り咲いたが、経営手腕がなかったため業績が悪化、
結局持ち分50%をアラブ資本に売却してグッチを去った。
こうしてグッチから一族の人間は一人もいなくなったのである。

これで終わりかと思われたグッチ一族に最後の事件が起きた。
マウリチオがミラノの自宅付近で射殺されたのだ。
2年後、犯人として逮捕されたのはマウリチオの妻パトリシアだった。


マウリチオとパトリシア
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「夫は本当に弱い性格でした。その背中を私が押してあげたんです。
もし私がいなかったら夫はグッチの社長にはなれなかったわ。
私はパーティーが好きだったけど夫は社交嫌い。
私が人付き合いをして人脈を作ってあげたのよ。
今グッチはよその人の物になってしまったけど、
私はなんとかグッチ一族の栄光を蘇らせたいと思っているの」
こうした野心が夫の殺害に繋がったのだと思われる。

こうして見ると、すべては初代グッチオのルドフォへの溺愛が
グッチ帝国の終わりを招いたとわかる。
ルドフォに50%もの株を持たせていなかったら、マウリチオによる失策も起こらなかった。
内紛はあったにせよ、グッチはグッチ家の持ち物のままであったろう。

ロベルトは「フィレンツェの家」というブランドを立ち上げた。
父の呼びかけに6人の子供たちのうち5人が協力した。
長女だけは一族の争いの最中に修道女となっていた。

「フィレンフェの家」はグッチという言葉を使えない。
ブランド「グッチ」の権利を侵すからである。
社長のロベルトの写真の下に、ロベルト・グッチと書くことも許されないのだ。
自分の名前であっても。
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by wMUGIw | 2015-01-01 00:00 | 現代


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