直球感想文 別館

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by wMUGIw
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スワドリング

西洋では赤ちゃんを布でぐるぐる巻きにする習慣が長い間続いていました。
これはスワドリングと呼ばれ、両脚をまっすぐにするために行われていたのです。
しかし赤ちゃんの脚を無理に伸ばすのはかえって股関節異常を招くので、
歴史上の王子や王女に脚の不自由な人が多いのもこの習慣のせいかもしれません。


フランス国王ルイ14世と乳母

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包帯からニット素材になってちょっと快適?

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子供が成長して2~3歳になると、今度は檻のような枠の中で何時間も立たせておきます。
こういう段階を科してやっときちんと二本足で歩けるようになると信じられていたのです。

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フランス国王アンリ2世&カトリーヌ・ド・メディチ夫妻の子供たち
エルキュール・フランソワ王子と双子のジャンヌ王女&ヴィクトワール王女
こ、これはあまりにも・・・ た~らこ~が や~ってくる~♪

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# by wMUGIw | 2016-01-11 00:00 | 近世

召使いの名前

基本的に、使用人はファーストネームを呼び捨てされる。
ハウスキーパー(家政婦)とコック(女料理人)は、
未婚既婚に関係なくファミリーネームにミセスを付けて呼ばれる。
ガヴァネス(女家庭教師)は、ファミリーネームにミスを付けて呼ばれる。
レディーズメイド(小間使い)とパーラーメイド(客間女中)などの上級使用人は、
ファミリーネームのみで呼ばれる。

使用人には使用人らしい名前というものがあり、
本名がゴージャス過ぎる場合は無視して御家族が勝手に決めた。

メイドとして正しいファミリーネームとは、
スミスやジョーンズといった、イギリスでもっとも多いファミリーネームである。

そしてメイドとして正しいファーストネームとは、
メアリー、ジェーン、マーサなど、18世紀以前からある伝統的なファーストネームである。

役職ごとに固定の名前を決めているお屋敷もあった。
メイド頭は常にエミリー、その下はジェーン、
コックはシャーロットで、キッチンメイドはメアリーという風に。

男性の場合も同じく、
チャールズ、ジェイムズ、ジョン、ジョン・トマスなどと呼ばれるのが普通だった。
何人もの同じ役職の使用人がいる場合は、
第一使用人をチャールズ、次はジェイムズ、次はジョンとする。
それゆえ本名チャールズなのにジョンと変えられたりすると最初は混乱したそうだ。
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# by wMUGIw | 2016-01-10 00:00 | 近代

グランドツアー

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18世紀イギリスでは、貴族の子弟たちを国際人に養成するために
ヨーロッパに遊学させるグランドツアーが流行していた。
当時文化的先進国であったフランスとイタリアが主な目的地で、一種の修学旅行である。

しかし私たちの修学旅行とはケタが違う。
日常生活に困らないよう使用人を多数引き連れ、
オックスフォードかケンブリッジの家庭教師を雇う。
現地では政治・経済・文化・語学などを家庭教師から学び、
観光や買い物、お土産選びを楽しむ。その期間は数年に及ぶ。
ローマでは、遺跡やルネサンスの作品を観て、ローマ帝国の偉大さに思いを馳せる。

貴族の子弟たちが触れるのは文化や伝統の香りばかりではなく、現地の悪臭だ。
道は泥んこ、宿屋のベッドは虫だらけ、パリもローマも糞と汚水にまみれた街だったのだ。
公衆衛生はイギリスの方が優れていたようだ。

またグランドツアーでやってくるおのぼりさんをカモにしようとする
現地の人間が手ぐすね引いている。
娼婦を買って病気をもらったり、賭博でいかさま師に騙されたり、
偽物の美術品をつかまされたり。

イギリス人はイギリス人同士で固まるので、語学も身につかない。

パリでは彼らはフランス風の衣服を身にまとい、
イギリスらしい田舎じみた痕跡を抹消しようとした。



フランス風に頭を盛り上げ、化粧をして帰ってきた息子の姿に仰天している父親の風刺画。
まさに放蕩息子の帰還である。
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# by wMUGIw | 2016-01-09 00:00 | 近世

ファッションプレート

18世紀、流行のファッションは蝋人形で届いた。
上流階級には服屋から最新ファッションを身に着けた小さな蝋人形が届く。
蝋人形は最新ファッションをまとっている。
つまりこれは<カタログ>なのである。

しかしブルジョワ階級の勃興により沢山のカタログを送る必要に迫られた。
そこで蝋人形に代わる見本として印刷物がとって替わった。
ファッション・プレートの誕生である。

これまでファッションの発信地はイタリア、オランダ、イギリス、ロシア・・・と
様々であり、一国が独占することはなかった。
しかしファッション・プレートの誕生により、
フランスがヨーロッパのモードを支配するようになったのである。

それまでにも衣装に関するプレートは存在した。
しかしそれは王族などの衣装の記録や、民族の風俗・衣装の記録版画であり、
新しい流行を知らせるものではなかった。

そこで18世紀までの物はコスチューム・プレートと呼ばれ、
それ以降の物はファッション・プレートと呼ばれる。

このファッション・プレートは19世紀末で無くなっていくが、
ファッション・ブックやファッション・マガジンに発展していく。


当時の風俗もわかる
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男性服の流行もわかる
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子供服の流行もわかる
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ドレスの前と後がどのようになっているのかがわかる
(当時既製品は存在しませんから、仕立屋さんに頼む時にも自分で作る時にも必要)
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# by wMUGIw | 2016-01-08 00:00 | 近代

バッスル

バッスルは19世紀後期に流行ったシルエット。
日本では明治の鹿鳴館の時代にあたる。

以下のような張り型でこのシルエットを作る。
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初期は比較的なだらかなラインでしたが
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最終的にここまでふくれました
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一時は円柱みたいなラインも登場しました。とても歩きにくかったそうです。
確かにコケたらどうやって立ち上がればいいのか・・・。
ま、貴婦人は絶対に一人で外出したりしませんでしたから大丈夫だったのでしょう。
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# by wMUGIw | 2016-01-07 00:00 | 近代


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