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by wMUGIw
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アルマ・マーラー

◆アルマ・マーラー 
1879-1964 85歳没

父親は裕福な画家で、両親のサロンには様々な芸術家が集まった。
アルマはその芸術家たちのミューズであった。

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★初恋の人 画家グスタフ・クリムト
1862-1918 56歳没

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■最初の夫 作曲家グスタフ・マーラー
1860-1911 51歳没

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★恋人 画家オスカー・ココシュカ
1886-1980 94歳没

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■2番目の夫 建築家ヴァルター・グロピウス
1883-1969 86歳没

マーラーとの夫婦仲が冷え切っていたアルマはグロピウスから求婚される。
焦ったマーラーはフロイトの診察を受けたりして関係修復に努めるも急死、
未亡人となったアルマはグロピウスやココシュカを含め男性遍歴を重ねていく。
そしてグロピウスを選んで再婚した。

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■3番目の夫 小説家・劇作家フランツ・ヴェルフェル
1890-1945 55歳没

アルマはヴェルフェルと再々婚した。
アルマの70歳の誕生日にココシュカからの電報が届いた。
「愛しいアルマ。僕たちは永遠に結ばれている」

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# by wMUGIw | 2014-01-01 00:00 | 近代

ロココ調ヘアスタイル

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18世紀ロココ時代に奇妙な髪形が流行った。
とにかく巨大さと奇抜さを競った。

この髪形を作るためには、丸めた硬い芯や入れ毛を頭髪に入れ込まなければならなかった。
髪自体を練った小麦粉で固めて、理想的な白さが得られるようにした。
練り粉が乾くと紙張子のような感じに仕上がる。
髪形もいろんなバリエーションがあった。
人物、馬車、庭、最新のゴシップ、話題の出来事が頭の上の飾りになった。

専門の髪結師が長時間かけて作り、
次の予約までは3~4週間待たなければならなかったから、
本人も相当の忍耐力を試される。
いくら堅く固めてあっても髪のセットは崩れやすい。
それにシラミの天国であった。
シラミやノミがひどい時は髪型に割れ目を作って虫退治が行われた。

男女ともに大量の小麦粉を消費したために、
食料用の小麦粉が不足し民衆の不満が高まった。
フランス革命の遠因となったとも言われる。


こんなのでマジに舞踏会に行っていたのであります
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風刺画  ここまで巨大になるとお付きの者が支える必要がありますね
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風刺画  支度も大変
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風刺画  もはや建築物
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# by wMUGIw | 2013-07-15 00:00 | 近世

コワフュール・ア・ラ・フォンタンジュ

コワフュール・ア・ラ・フォンタンジュとは、フォンタンジュ風髪型の意味。
17世紀後半から18世紀前半にかけて流行した。

フランス国王ルイ14世の愛人であったフォンタンジュ夫人が王と狩りに行った時
帽子が風に飛ばされたてしまったため、
とっさに靴下留めのリボンで乱れた髪を結いあげた。
王がフォンタンジュ夫人の機転を喜んだことからヨーロッパ中に大流行した。

最初はリボンで高く髪を結いあげただけだったが、
徐々に高さを競い合うようになりタワーのようにそびえ立つまでになった。


モデルはイギリス女王メアリー2世さんです。
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映画『英国式庭園殺人事件』より
頭が高層ビル群のようになっています・・・
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# by wMUGIw | 2013-07-14 00:00 | 近世

マホとマハ

マホとマハはスペイン版モボ・モガです。(モダンガール・モダンボーイ)
いなせな男と小粋な女です。喋り方は下町のべらんめえ調。
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マホは縁取りの付いた短い上着を着てスカーフを巻き、頭に洒落た帽子をかぶり、
髪は長く伸ばして背中のあたりで結んでいる。
半ズボンは膝の下でキュッと締まり縁飾りがついており、
ストッキングに先の尖った女性用のような靴。
そしてウエストに幅広の飾り帯をする。
極端に言うと、闘牛士のような感じ。

マハは、ウエストを絞ったロングスカートに胸の開いたブラウス、
肩には薄い肩掛けをして髪に大きな櫛をさし、頭にはレースのショールを被る
先の尖った靴を履いて、扇子を持つ。
極端に言うと、カルメンのような感じ。

彼らは生粋のスペインっ子であることに誇りを持っており
そのため衣装もスペインの伝統的なデザインのものを身に着けていた。
18世紀後半になるとマホ・マハの格好を貴族が真似し始める。
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# by wMUGIw | 2013-07-12 00:00 | 近世

グランドツアー

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18世紀イギリスでは、貴族の子弟たちを国際人に養成するために
ヨーロッパに遊学させるグランドツアーが流行していた。
当時文化的先進国であったフランスとイタリアが主な目的地で、一種の修学旅行である。

しかし私たちの修学旅行とはケタが違う。
日常生活に困らないよう使用人を多数引き連れ、
オックスフォードかケンブリッジの家庭教師を雇う。
現地では政治・経済・文化・語学などを家庭教師から学び、
観光や買い物、お土産選びを楽しむ。その期間は数年に及ぶ。
ローマでは、遺跡やルネサンスの作品を観て、ローマ帝国の偉大さに思いを馳せる。

貴族の子弟たちが触れるのは文化や伝統の香りばかりではなく、現地の悪臭だ。
道は泥んこ、宿屋のベッドは虫だらけ、パリもローマも糞と汚水にまみれた街だったのだ。
公衆衛生はイギリスの方が優れていたようだ。

またグランドツアーでやってくるおのぼりさんをカモにしようとする
現地の人間が手ぐすね引いている。
娼婦を買って病気をもらったり、賭博でいかさま師に騙されたり、
偽物の美術品をつかまされたり。

イギリス人はイギリス人同士で固まるので、語学も身につかない。

パリでは彼らはフランス風の衣服を身にまとい、
イギリスらしい田舎じみた痕跡を抹消しようとした。



フランス風に頭を盛り上げ、化粧をして帰ってきた息子の姿に仰天している父親の風刺画。
まさに放蕩息子の帰還である。
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# by wMUGIw | 2013-07-09 00:00 | 近世


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