直球感想文 別館

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by wMUGIw
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油絵と旅する男

ゲインバラ 『デボンシャー公爵夫人ジョルジアーナ』 1787年
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1876年、オークションにかけられたこの絵は、ある画廊に落札される。
しかし何者かがこの絵を画廊から盗んだ。
犯人はアダム・ワース。列車強盗や銀行強盗の常習犯だった。
しかし、この絵を盗んだ後、彼の消息はプッツリ途絶える。

16年後、列車強盗に失敗したワースは逮捕される。
彼はこの絵について口を割らず、7年の刑に服した。
それから2年後、死期を悟ったワースは、この絵を持ち主に返した。

彼はこの絵の夫人に恋をしてしまったのだ。彼はこの絵を肌身離さず持ち歩いていた。
「私の25年は公爵夫人との駆け落ちだった」
ワースの最期の言葉だった。
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# by wMUGIw | 2015-02-02 00:00 | 近代

メイドとジェントルマンの恋

ヴィクトリア時代にメイドとジェントルマンが結婚したケースがあった。
これだけ聞くとロマンスだが、この二人には裏があった。
裏というより奥行きかもしれない。
身分違いの恋、マニア、フェチ、覗き、SM、コスプレ、トランスジェンダー…
二人の関係には様々な要素が含まれている。


◆アーサー・ジョセフ・マンビー 
1828-1910 82歳没
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アーサーはアッパー・ミドル・クラスに生まれ、ケンブリッジ大学を卒業して法廷弁護士となった。
二十代の頃から、趣味として女性労働者の生活や写真を収集していた。
当時蔑まれていた女性労働者に尋常ではない関心を抱き、
彼女たちの労働内容、服装、人格を毎日執拗に記録していた。
労働者階級の女たちを観察したいという欲求のためだけにフランスに出かけたこともあった。
街で女性に気安く話しかけるという習慣が災いして、
切り裂きジャックの疑いをかけられたこともあった。
この趣味は家族も友人も誰一人知る者はなかった。


◆ハナ・カルウィック 
1833–1909 76歳没
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ある日、アーサーは黒いボンネットを被った長身で姿勢の良い女性を見かけ話しかけた。
彼女の名はハナ・カルウィック、8歳からメイドとして働いてきた女性だ。
アーサー25歳、ハナ20歳の時のことだった。

二人はアーサーの部屋で秘密の時間を過ごすようになる。
しかしこれは大変危険なことだった。
当時、身分違いの恋愛は、アーサーにとってもハナにとっても、
解雇されても当然のタブーだったのである。
しかし、二人は密室でファンタジーを楽しんだ。

ハナは外出着ではなく汚れた雑役女中の服を着て、
彼の足もとに跪いてブーツを舌できれいにした。
ハナがいろいろな女性や男性に扮したコスプレ写真も撮っている。
ハナがアーサーを持ち上げて部屋を歩き回ったりもした。
ハナは手首に奴隷のバンドを巻き、首には鍵付きの首輪をしていた。
二人は一緒のときは部屋でプレイし、離れている時には日記でプレイをした。
時には、アーサーは勤め先でハナが玄関回りを四つんばいになって掃除しているところを
見に来たりした。


メイド
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貴婦人
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男装
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煙突掃除夫
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聖女
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アーサーはこうした携帯型アルバムの左右に
ハナの対照的な写真を入れて持ち歩いていた
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19年後二人は、アーサー44歳、ハナ39歳の時に結婚したが、ハナは乗り気ではなかった。
秘密の結婚式を挙げ、フランスでのハネムーンから戻ると、
ハナは貴婦人のドレスを脱ぎ再びメイドを続けた。
それはアーサーの希望でもあった。

後に一時同居したこともあったが、うまくいかなかった。
ファンタジーと日常生活の両立が難しかったのだろう。
ハナは田舎に移った。
お互いに行き来はあったが、生涯別居のままであった。
二人の関係は死が二人を分かつまで50年に及んだ。


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# by wMUGIw | 2015-02-01 00:00 | 近代

ハプスブルク家の御面相

日の沈まぬ帝国ハプスブルク家ですが、ご面相に特徴があることでも有名です。
具体的には、ワシ鼻&受け口&タラコ唇の三点セットです。


「中世最後の騎士」と呼ばれるマクシミリアン1世あたりからいってみましょうか。
きてます、すでにきてます。ワシ鼻&受け口が確認できます。
唇は定かでないので大目にみましょう。

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次はマクシミリアン1世の息子のフィリップ皇子。
美男子だったため通称「フィリップ美公」。
ハプスブルク家の特徴は出てないようですが、
かと言って美貌の王というもうなずけません。
しかし美しさは時代とともに変わるのでこれも大目にみましょう。

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しかしこちらの絵では誤魔化しきれません。これは三代勢ぞろいの図です。
つば広帽子をかぶっている3人のうち、
左に立っているのがマクシミリアン1世。
右に立っているのが息子のフィリップ。
座っているのが孫のカール5世/カルロス1世。
マクシミリアン1世の奥さん、マリー・ド・ブルゴーニュも呆れ顔です。

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孫のカール5世/カルロス1世の別の肖像画がこちらです。
両親は美貌のフィリップ皇子と美貌のスペイン女王フアナ・通称狂女フアナ。
きました、三点セットです。鼻もアゴもすべり台のようです。
カルロス1世は「ハエが口に入るから閉じるように」
と側近からしょっちゅう注意されていたそうです。
美貌の両親をもってしても止められないハプスブルク家の遺伝、恐るべし。

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次の代からハプスブルク家は、
オーストリアハプスブルク家とスペインハプスブルク家に分かれます。

まず本家のオーストリアハプスブルク家からいきましょうか。
時代は下りますが、なんと言ってもレオポルト1世。
ほれぼれするような三点セットで、巨大なタラコ唇です。
宮廷画家が美化してこれなんですから、実際に会ったら唇から目が離せないでしょう。

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また時代は下がってマリア・テレジア。
男性と違ってこちらは、そり鼻&丸アゴ&おちょぼ口の三点セットです。

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この女性三点セットは娘たちに遺伝して、
美貌のマリー・アントワネットも実はこの女性三点セットですね。
オーストリアハプスブルク家は続きますが、アントワネットはギロチンの露と消えます。

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では分家スペインハプスブルク家にまいりましょう。
カルロス1世の息子フェリペ2世、フェリペ2世の息子フェリペ3世は控え目な三点セット。


フェリペ2世
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フェリペ3世
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そしてフェリペ3世の息子フェリペ4世。来ましたね、三点セット。
カルロス1世の再来と言ってもいいでしょう。
口元の噛み合せがどうなっているのかわからないぐらいぐちゃぐちゃです。

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フェリペ4世の娘にベラスケスの絵で有名なマルガリータ王女がいます。
この人は女性三点セット。小さい時はかわいかったのに。

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その上、タラコ唇レオポルト1世に嫁いでいます。
叔父と姪の近親結婚でしたが、夫婦仲は良かったようです。
この二人に子供が生まれていたらサラブレッド級のルックスだったと思うのですが、
マルガリータは若くして亡くなってしまいます。

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そしてフェリペ4世の息子カルロス2世。
この人は男性三点セットと女性三点セットが混在したような人で不気味です。
実際、体力も知力も無く人々は彼を「エル・サチード」(呪われた王)と呼んでいました。
後継ぎも残せず、スペインハプスブルク家に終わりをもたらしました。

この遺伝は近親結婚を繰り返したからと言われていますが、
ではなぜ近親結婚を繰り返さねばならなかったのか。
結婚相手がいなかったからですね。
ハプスブルク家はカトリックの家元のような国。
ところが周囲の国々はどんどんプロテスタント化していく。
二つのハプスブルク家の間で結婚するしかなかったんですね。

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# by wMUGIw | 2015-01-02 00:00 | その他

グッチ家の崩壊

イタリアは同族会社の多い国である。
フェラガモ、ヴェルサーチ、ベネトン、フィアット、オリベッティなども
家族経営で発展してきた。グッチもその一つである。
しかし、現在のグッチにはグッチ家の人間は一人もいない。

『グッチ家は数世紀にもわたって王室に馬具を納入していた馬具製造業者だった。
家系としてはメディチ家に関係する
正当な位階と土地とを所有し紋章を持つ貴族の末裔である』
とパンフレットに書かれているが、これはブランドイメージのためのフィクションである。

ガブリエロ・グッチは小さな麦わら工場を営んでいたが、多額の借金を抱え倒産した。
ガブリエロの三男グッチオは1898年17歳の時に裸一貫でイギリスへ渡った。
ロンドンのホテルの皿洗いから始めて職を転々とし元手を貯めた。
そしてついに1922年、フィレンツェのパリオーネ通りに店を開いた。
これが初代グッチオ・グッチである。

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グッチオには6人の子供がいた。
長男ウーゴはギャンブルと酒に溺れ放蕩生活を送っていた。
長女グリマルダ。
二男エンツォは9歳で病死。
三男のアルドは早くから父とともに家業に励んだ。
四男のバスコは狩猟に明け暮れる田園生活を送っていた。
五男のルドフォは俳優になったが、無一文となり実家に舞い戻ってきた。


三男アルド
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五男ルドフォ
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グッチオが二代目に選んだのは三男のアルドだった。
しかし、グッチオはアルドとルドフォに会社の株を50%ずつ与えたのだ。
自分勝手な生き方をしてきたルドフォが、
父の寛大な処置で何事もなかったかのように家業に復帰してくるのは、
アルドにとって納得がいかないことだった。

さらにグッチオは遺産も等分にこの二人に遺している。
「会社のことをすべてやったのはアルドですよ。
それなのに父はルドフォにアルドと等分の分け前を与えた。
まったく理解できません」と姉グリマルダは言う。

アルドは会社を拡大しようと次々とアイディアを提案する。
保守的な父グッチオと息子アルドは経営方針をめぐってぶつかるようになった。

アルドは父親に無断でローマに店を出した。
グッチオは激怒したが、ローマ店は繁盛を極めた。
次にアルドはニューヨークの5番街に店を持つことを決めた。
グッチオはまた激怒したが、急死する。
ニューヨーク店も大成功をおさめ、さらに世界中に出店してゆく。
アルドの下でグッチ帝国は揺るぎないものとなった。

アルドの妻はイギリス人で、内気な性格でなかなかうちとけない。
一方、アルドは派手好きな陽気な性格。
二人はいつもケンカをしていた。
それも両方とも手を出す派手なケンカだ。
二人には3人の子供がいた。

長男ジョルジョは母親似。
二男パオロは父親似。
三男はロベルトはバランスのとれた性格だった。


長男ジョルジョ
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二男パオロ
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三男ロベルト
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歴史は繰り返す。
同じ性格の父アルドと二男パオロの対立は熾烈を極めた。
自分のブランド「PG」を立ち上げようとまでした。
そしてついにグッチから追放された。

パオロはニューヨークでグッチ家を相手に裁判を起こした。
全部で18件にも及んだ。
そして最後にパオロは父を脱税容疑で告訴した。
1年の禁固刑が言い渡された。
アルドは81歳でフロリダで獄中の人となった。

アルドは50%の持ち株のうち40%を残して、10%を3人の息子に3.3%ずつ分けていた。
同じく50%の持ち株を持っていたルドフォが亡くなり、一人息子のマウリチオが50%を相続した。
そしてマウリチオは共通の敵アルドを倒すため
グッチから追放されていたイトコのパオロと手を組む。

そこでアルドは自分の持ち株40%を残り二人の息子に分けた。
ジョルジョとロベルトはこれまでの持ち分と合わせて23.3%ずつ、二人合計で46.6%となる。
しかしマウリチオの50%とパオロの3.3%、合計53.3%には及ばない。

マウリチオはアルドを社長の座から引きずり下ろし自分が社長になった。
これに対し、アルドはマウリチオが株の取得にあたって父親のサインを偽造したと告訴した。
マウリチオは訴訟が解決するまでは社長職に就くことができなくなった。

残ったジョルジョ、パオロ、ロベルトの三兄弟は「会社がマウリチオに取られるぐらいなら」と
持ち株をアラブ資本に売却した。
マウリチオはグッチの会長に返り咲いたが、経営手腕がなかったため業績が悪化、
結局持ち分50%をアラブ資本に売却してグッチを去った。
こうしてグッチから一族の人間は一人もいなくなったのである。

これで終わりかと思われたグッチ一族に最後の事件が起きた。
マウリチオがミラノの自宅付近で射殺されたのだ。
2年後、犯人として逮捕されたのはマウリチオの妻パトリシアだった。


マウリチオとパトリシア
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「夫は本当に弱い性格でした。その背中を私が押してあげたんです。
もし私がいなかったら夫はグッチの社長にはなれなかったわ。
私はパーティーが好きだったけど夫は社交嫌い。
私が人付き合いをして人脈を作ってあげたのよ。
今グッチはよその人の物になってしまったけど、
私はなんとかグッチ一族の栄光を蘇らせたいと思っているの」
こうした野心が夫の殺害に繋がったのだと思われる。

こうして見ると、すべては初代グッチオのルドフォへの溺愛が
グッチ帝国の終わりを招いたとわかる。
ルドフォに50%もの株を持たせていなかったら、マウリチオによる失策も起こらなかった。
内紛はあったにせよ、グッチはグッチ家の持ち物のままであったろう。

ロベルトは「フィレンツェの家」というブランドを立ち上げた。
父の呼びかけに6人の子供たちのうち5人が協力した。
長女だけは一族の争いの最中に修道女となっていた。

「フィレンフェの家」はグッチという言葉を使えない。
ブランド「グッチ」の権利を侵すからである。
社長のロベルトの写真の下に、ロベルト・グッチと書くことも許されないのだ。
自分の名前であっても。
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# by wMUGIw | 2015-01-01 00:00 | 現代


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